2009年12月16日
おっ!(笑)


むちゃくちゃ 良いライブでした(興奮気味)
久々の三好慶子ちゃん&関琢也さんも
慶子ちゃんと狩野さんのセッションも
素晴らしかったです
詳しくはのちほど!
今日の音響は太田さん
コンサートのあと凄かった凄かったと話にいって
洋楽との垣根を超えた邦楽演奏家たちの「底力」について話しまくる(笑)
で 「るいまま、これ進呈するよ。聴いてみて」
と、三木敏悟さんプロデュースのCDいただきました。
これも、洋楽と尺八のコラボレーションのようです。
楽しみ〜
2009年12月16日
狩野泰一コンサートきてます

いやぁ 今日は寒いですねぇ
でも サンポート第一小ホールは満席でございますな。
石あかり月あかりライブでもおなじみの、箏の三好慶子ちゃんと、尺八の関琢也さんが出演する
篠笛 狩野泰一さんのコンサートきてます。
相変わらず時間の読みの甘さで(移動時間という概念がね) 一部と中からではありますが
会場にはいった途端の、この楽しさはなんだ(笑)
うまい具合に 一例目の慶子ちゃん側に空席がございましたので 二部からはかぶりつきで聴きます。
狩野泰一さんは、カーネギーホール ベルリンフィルホール パリ市立劇場など 世界20ヶ国 1000回を超える公演をされている篠笛奏者。
最近、津軽三味線をはじめ、邦楽の力強さにはまっておりますから たのしゅうございます。
では のちほど〜
2009年12月16日
毎日 使って欲しいのよ(一和堂工芸)
屋島の一和堂工房さんは「まちかど漫遊帖古高松コース」でお世話になった大渚亭さんから北へ一足伸ばしたところ。
■川べりのショールーム&工房を訪ねると、着物姿の浅野さんが出迎えてくださいました。

「日本人やからね、週に何回かは着物で過ごしたいなと思ってるの」
と言われます。
その気持ち、私も一緒です!!
着物は「よそ行き」って仕舞い込むより、どんどん楽しんでしまいたい、箪笥から出してやりたいと思うのです。
それは、もの全般に言えることかも知れません。
職人さんたちも、仕舞い込まれることよりも使ってくれることを思いながら作っているのですから。
そんなこんなで最初から盛り上がって、取材というより「まち」のことや「産業」のこと「文化」のことなど、
お友だちと話すような雰囲気ではじまった、「うるしギター」の漆部分を請け負った一和堂さんとのお話。
■もともとは、私もちょっと関わった産コラからお話ははじまります。
漆・盆栽・石といった、高松の産業をコラボして新しいものをという考えは素晴らしく、
いろいろ作ってみましたが、見て注文という商品の流通はなかなか難しかったようです。
「みなさん、見て欲しい人はすぐに持って帰りたいでしょ?」
と浅野さんがいわれるのは、女の人だからわかることかも。
「欲しいときが買いどき」なんですよね。
そんななか、次に来た依頼が「ギターに漆をかける」という企画。
それを聞いたとき、どう思いましたか?と尋ねると、
「なんにでも塗れるから、大丈夫ですよ」
とすぐ答えたそうで、心配したのは音色がどうなるんだろうということぐらいだと言います。
そこが、浅野さんのおじいちゃんから90年つづく老舗工房の自信でもあり、職人への信頼でもあるってことです。
■香川県の漆の技術は全国的にも高く、高技術をもった職人さんも多く、
漆というと「輪島」と言われるけれど、実は輪島にもおとらぬ「漆王国」なのです。
そして、蒟醤や彫漆といった芸術品に近いものは別として、
後藤塗りも象谷塗りも普段遣ってこそ、その味がでる「雑器」。
だから、どんどん普段に使ってほしいと浅野さんは思っています。

でも、せっかく気に入っていただけたのに、
「食器洗機にかけられますか?」と尋ねられることもあり、
あぁ、今は使い方の所から提案していかないといけないのだなと感じているのでした。
だから、ガラスコップとクリスタルグラスは、使い方が違うでしょ。
ちょっと先に洗うとか、優しくあらって伏せるとか、そう言うちょっとした愛情をもってくれれば
漆は、少しも使いにくいものではないのよと話してあげるのだそうです。
地道な活動は、漆のカップを買った若いお母さんが、翌年、もう一度お買い物にきてくれたりと
実をむすびつつあります。

■漆がかけられたものを(うちのばばさまもですが)、片づけまわって特別な日にしか使わない傾向にありますが、
漆は、手近に置いて使い、洗ったり拭いたりすることで適度な湿度を保ち、美しさも増すのですが
仕舞い込まれた漆食器は乾燥しすぎて、突然の変化についていけず割れたりするのです。
つまりは、どんどん使うことが大事。
漆をかけることによって、食器は「強く」なります。
そして、「抗菌作用」に富んだ漆は、お料理を口に運ばれるまで守ります。
時間が経つほどに「硬く」なる「漆」の特徴により、使うほど食器は傷がつきづらくなるのです。
そのお話を伺いながら、
「ギターだって、そうですよね!」と言うと、
そうそう、ギターだって手元に置いて慈しんでやることで味も出てくるんでしょ?と浅野さん。
ここに、うるしギターの意味があるのです。
■ギターに漆をぬるとき、パーツごとにもってきてくださいと、浅野さんが言ったのは
このあと工房にはいり、漆塗りの様子をみてわかりました。
今回の「うるしギター」は、「摺り漆塗り」という技法がつかわれ、
ギターのもつ木目が美しく浮かびあがります。


漆はもともとは乳白色ですが、それを馬の毛を使った「打ち込み刷毛」で
生地に力強く塗り込むと、時間をおくと茶に変化していきます。
この最初の作業が一番きつい仕事で、ここがきちんとしていないとあとあとの仕事にも影響していきます。
うるしギターの場合、ペーパーをかけ、漆を塗り込み、「室」で乾かすという作業を10回繰り返しました。
この工程は、一日一度しか触れないので、単純に考えても10回10日。
漆を塗り込むだけでなく、湿度60% 温度20℃の「室」での管理も大事で、
それは今も職人さんたちの経験による勘でないと守れないものです。

うるしギターの制作依頼がきたのは6月中旬、漆の作業としてはよい時期ではありましたが、
ギターを作る中村さんも、漆をかける一和堂さんも、お披露目までに1ヶ月もなく、ぎりぎりの作業だったといいます。
この手間を考えると、もうちょっと時間あげてほしかったですね(ほんまに)
それでも、お披露目の日に間に合わせるのが、職人の心意気。
■漆の製品は、地域によって作られるものの特徴があって、山中や会津はお椀が多いのですが、
香川はお盆。
お盆をつくるとき表面の部分も裏も同じだけ手間をかけ漆も同じ回数塗り重ねます。
そうすることで、硬く丈夫で美しい盆ができるのです。

ギターの場合、製品になったものの表の部分にのみ漆をかけるので、
反りがでないだろうかという心配でもありましたが、
そこは、ギターと漆、二人の職人の技術で大丈夫だったようです。
■さて、浅野さんとのお話は、今後の「うるしギター」のことについて。
もっともっと紹介してやってほしいのよという浅野さんは、
「うるしギター」を生み出した母として、漆のプロデューサーとしての声だと思うのです。
単に漆のかかったギターということだけではなく、
・ギターという媒体を通して、漆を知り
・漆という媒体を通して、ギターを知る
この二つがうまくいかないと、やっぱり一回限りのものになってしまうような気がします。
「ブリスクに、全部じゃなくてもいいから、せめてギター製作の工程、漆塗りの工程がわかる映像とかはながせないのかしら」
と浅野さんが言われ、
「香川大学の工学部のみなさんが関わっているブリスクですもの、それはその気になったらできることじゃないですか」
せめて記録としての映像はないのですかと聞くと、記録としても、ギターに漆をかけている映像が残っていないとのことで、とても残念。
(うちも、よく、あああ、ここでビデオまわなさいかんかったなと思うことはあるので、偉そうなことは言えないのですが!)
■後藤塗りの工程は24工程です。お盆に少しずつの変化をしるしたものを見せてくれました。

最後のほうはシロウトにはわからないほどの微妙なもの。
でも、この工程をきちんと踏み、なおかつ、ビジネスとして成り立つように、
いろいろなことを考えださなくてはなりません
この日の帰り、私は、浅野さんが若い人たちにも気軽に使ってほしいと考えた漆のカップをお買いあげ。
これはもともとは中国のものです。
それに、もう一度、日本の職人が磨きをかけ、漆を塗り重ね、きちんと仕上げました。
珈琲を入れても、焼酎の湯割りを入れても、似合う、渋い赤漆のカップは、使い込むほどに美しい赤が浮かび出てくるそうです。
楽しみ!
■漆をもっと日常に、「毎日使ってほしいのよ」「漆の良さを知って欲しいのよ」
それは、まちかど漫遊帖の「宗家後藤盆5代目 後藤孝子ちゃん」も、いつも言っています。
二人は、3月、漆塗りとスイーツのコラボ展に出展されるとのこと。
是非是非、手にとって漆を感じてほしいと思うのです。
■川べりのショールーム&工房を訪ねると、着物姿の浅野さんが出迎えてくださいました。

「日本人やからね、週に何回かは着物で過ごしたいなと思ってるの」
と言われます。
その気持ち、私も一緒です!!
着物は「よそ行き」って仕舞い込むより、どんどん楽しんでしまいたい、箪笥から出してやりたいと思うのです。
それは、もの全般に言えることかも知れません。
職人さんたちも、仕舞い込まれることよりも使ってくれることを思いながら作っているのですから。
そんなこんなで最初から盛り上がって、取材というより「まち」のことや「産業」のこと「文化」のことなど、
お友だちと話すような雰囲気ではじまった、「うるしギター」の漆部分を請け負った一和堂さんとのお話。
■もともとは、私もちょっと関わった産コラからお話ははじまります。
漆・盆栽・石といった、高松の産業をコラボして新しいものをという考えは素晴らしく、
いろいろ作ってみましたが、見て注文という商品の流通はなかなか難しかったようです。
「みなさん、見て欲しい人はすぐに持って帰りたいでしょ?」
と浅野さんがいわれるのは、女の人だからわかることかも。
「欲しいときが買いどき」なんですよね。
そんななか、次に来た依頼が「ギターに漆をかける」という企画。
それを聞いたとき、どう思いましたか?と尋ねると、
「なんにでも塗れるから、大丈夫ですよ」
とすぐ答えたそうで、心配したのは音色がどうなるんだろうということぐらいだと言います。
そこが、浅野さんのおじいちゃんから90年つづく老舗工房の自信でもあり、職人への信頼でもあるってことです。
■香川県の漆の技術は全国的にも高く、高技術をもった職人さんも多く、
漆というと「輪島」と言われるけれど、実は輪島にもおとらぬ「漆王国」なのです。
そして、蒟醤や彫漆といった芸術品に近いものは別として、
後藤塗りも象谷塗りも普段遣ってこそ、その味がでる「雑器」。
だから、どんどん普段に使ってほしいと浅野さんは思っています。
でも、せっかく気に入っていただけたのに、
「食器洗機にかけられますか?」と尋ねられることもあり、
あぁ、今は使い方の所から提案していかないといけないのだなと感じているのでした。
だから、ガラスコップとクリスタルグラスは、使い方が違うでしょ。
ちょっと先に洗うとか、優しくあらって伏せるとか、そう言うちょっとした愛情をもってくれれば
漆は、少しも使いにくいものではないのよと話してあげるのだそうです。
地道な活動は、漆のカップを買った若いお母さんが、翌年、もう一度お買い物にきてくれたりと
実をむすびつつあります。

■漆がかけられたものを(うちのばばさまもですが)、片づけまわって特別な日にしか使わない傾向にありますが、
漆は、手近に置いて使い、洗ったり拭いたりすることで適度な湿度を保ち、美しさも増すのですが
仕舞い込まれた漆食器は乾燥しすぎて、突然の変化についていけず割れたりするのです。
つまりは、どんどん使うことが大事。
漆をかけることによって、食器は「強く」なります。
そして、「抗菌作用」に富んだ漆は、お料理を口に運ばれるまで守ります。
時間が経つほどに「硬く」なる「漆」の特徴により、使うほど食器は傷がつきづらくなるのです。
そのお話を伺いながら、
「ギターだって、そうですよね!」と言うと、
そうそう、ギターだって手元に置いて慈しんでやることで味も出てくるんでしょ?と浅野さん。
ここに、うるしギターの意味があるのです。
■ギターに漆をぬるとき、パーツごとにもってきてくださいと、浅野さんが言ったのは
このあと工房にはいり、漆塗りの様子をみてわかりました。
今回の「うるしギター」は、「摺り漆塗り」という技法がつかわれ、
ギターのもつ木目が美しく浮かびあがります。
漆はもともとは乳白色ですが、それを馬の毛を使った「打ち込み刷毛」で
生地に力強く塗り込むと、時間をおくと茶に変化していきます。
この最初の作業が一番きつい仕事で、ここがきちんとしていないとあとあとの仕事にも影響していきます。
うるしギターの場合、ペーパーをかけ、漆を塗り込み、「室」で乾かすという作業を10回繰り返しました。
この工程は、一日一度しか触れないので、単純に考えても10回10日。
漆を塗り込むだけでなく、湿度60% 温度20℃の「室」での管理も大事で、
それは今も職人さんたちの経験による勘でないと守れないものです。
うるしギターの制作依頼がきたのは6月中旬、漆の作業としてはよい時期ではありましたが、
ギターを作る中村さんも、漆をかける一和堂さんも、お披露目までに1ヶ月もなく、ぎりぎりの作業だったといいます。
この手間を考えると、もうちょっと時間あげてほしかったですね(ほんまに)
それでも、お披露目の日に間に合わせるのが、職人の心意気。
■漆の製品は、地域によって作られるものの特徴があって、山中や会津はお椀が多いのですが、
香川はお盆。
お盆をつくるとき表面の部分も裏も同じだけ手間をかけ漆も同じ回数塗り重ねます。
そうすることで、硬く丈夫で美しい盆ができるのです。
ギターの場合、製品になったものの表の部分にのみ漆をかけるので、
反りがでないだろうかという心配でもありましたが、
そこは、ギターと漆、二人の職人の技術で大丈夫だったようです。
■さて、浅野さんとのお話は、今後の「うるしギター」のことについて。
もっともっと紹介してやってほしいのよという浅野さんは、
「うるしギター」を生み出した母として、漆のプロデューサーとしての声だと思うのです。
単に漆のかかったギターということだけではなく、
・ギターという媒体を通して、漆を知り
・漆という媒体を通して、ギターを知る
この二つがうまくいかないと、やっぱり一回限りのものになってしまうような気がします。
「ブリスクに、全部じゃなくてもいいから、せめてギター製作の工程、漆塗りの工程がわかる映像とかはながせないのかしら」
と浅野さんが言われ、
「香川大学の工学部のみなさんが関わっているブリスクですもの、それはその気になったらできることじゃないですか」
せめて記録としての映像はないのですかと聞くと、記録としても、ギターに漆をかけている映像が残っていないとのことで、とても残念。
(うちも、よく、あああ、ここでビデオまわなさいかんかったなと思うことはあるので、偉そうなことは言えないのですが!)
■後藤塗りの工程は24工程です。お盆に少しずつの変化をしるしたものを見せてくれました。
最後のほうはシロウトにはわからないほどの微妙なもの。
でも、この工程をきちんと踏み、なおかつ、ビジネスとして成り立つように、
いろいろなことを考えださなくてはなりません
この日の帰り、私は、浅野さんが若い人たちにも気軽に使ってほしいと考えた漆のカップをお買いあげ。
これはもともとは中国のものです。
それに、もう一度、日本の職人が磨きをかけ、漆を塗り重ね、きちんと仕上げました。
珈琲を入れても、焼酎の湯割りを入れても、似合う、渋い赤漆のカップは、使い込むほどに美しい赤が浮かび出てくるそうです。
楽しみ!
■漆をもっと日常に、「毎日使ってほしいのよ」「漆の良さを知って欲しいのよ」
それは、まちかど漫遊帖の「宗家後藤盆5代目 後藤孝子ちゃん」も、いつも言っています。
二人は、3月、漆塗りとスイーツのコラボ展に出展されるとのこと。
是非是非、手にとって漆を感じてほしいと思うのです。
2009年12月16日
まずは毎日弾くことですね(リペア中村)
ギターリペア「なかむら」さんにお邪魔したのは12月10日。
早くまとめたいと思っていたのに、なかなか時間がなくて、今頃まとめております。
■中村さんがギター製作・リペアの世界と出会ったのは26年前。
もともと工作好きだった中村青年は、中学くらいからギターを弾くようになって、
ギターっていうのはどうなってできているんだろうと思っていました。
大学生の時、雑誌の後ろに載っていた「ギター製作学校」の記事をみて人生は変わります。

「これだ!」と、親に内緒で大学をやめて「ギター製作学校」に(笑)。
「親には不経済学部だと言われた(笑)」といいますが、今となっては、あの決断は正しかったのですと、きっぱり。
■屋島の瀬戸内ゴルフから北にはいって最初の信号のところにある、今のお店に移ったのは、1年前。


骨董好きのオーナーが、中村さんのところに古いギターを買いにきて意気投合し、こんな家があいているんやということで、
1階にギター工房と骨董。2階は、ギターが所狭しとならぶギターコーナーのあるお店「凸」ができました。

■中村さんのところには、ギター好きの人たちが集まり、その人たちが友だちを呼び、
その友だちがまた人を呼びと、口コミで知られるようになりました。
ですから、この店に変わったことも大きく宣伝していないのに、中村さんとギターを追い求めるように
人があつまり、何時間もギターを弾きながら、中村さんのかわりに店番をしてくれている人もいます。
「お店に来た人の相手しよったら、修理する時間がないからの」
自ら店番をかって出ている常連さんは、中村さん以上にお客さまの相手が上手で、ここにいると楽しいと言います。
中村さんのところには、岡山・高知からもギターを求めてやってくる人がいて、
そういう人たちはマニアなので、とにかく上には上がいるもんだと感じるそう。
いいギターを買っても、弾かずに眺めて磨いてばかりのいるひともいるけれど、やっぱりギターは弾いてこそのギター。ここでは弾き放題やからなと常連さんが言うと、中村さんが
「壊れたら直すし」と笑う。
それは、心強いですねっ!(笑)
■ギターは弾かないと解らないとはいえ、相性は持ったときにわかるそうで、
「彼氏や彼女と一緒ですよ」と中村さん。

でも、弾いているうちに気付くことがあって、なんか違うな、間違えたなと思ったら手放し、
もっと相性のいいものを探す。(それがフィットする人もいるので、そういう市場があるわけですね)
そして、一番自分にフィットしたものに出会うまで旅はつづくようです。
この辺も、なんだか男女の出会いと似てますね。
■そんなお話を聞いているところに、ロッカー風の男前のおにいさんがやってきて、
自分のアンプで音を出してみたいので、ベースを借りて帰って良いですかとのこと。
ギターと合うかどうかが一番大事で、低い音がでてくれればいいんだけどと言いながら保証金を出す彼に、
「また、奥さんに怒られるんちゃうん?」と常連さんが声をかけると、「これだけが趣味ですから」と笑い、1978年製のベースと帰っていかれました。

■最近は、40代~50代の人たちのギターブームだけど、1960年~1970年ころのギター少年が、
再びギターを手にとり演奏をはじめているってこと。
1970年のギターブームの頃は、家具屋さんから下駄屋さんまで
木を扱うところのほとんどがギターを作っていたといわれるほどで、
当時たくさん生まれたギター会社も時代とともに淘汰されました。
しかし、姿を消した中に良いギターを作っていた会社もあって、そういうギターを求めてギター探しの旅に出る人も多いそう。
中村さんのところには、70代の方が「今から、ギターをはじめる」とやってきたこともあるそうですだ。
うちにも、ギターはあるんだけど、いかんせん大きくて・・・、上手な人はギターが小さく見えるけど、いつまでたってもギターに征服された感じなんですとはなすと
「これ、ちょっと弾いてみて」と、ちょっと小振りのギターを持たせてくれました。
「すごく抱き心地がいいです(弾けないけど)」
小振りで安くて音がいいギターは、やっぱり人気で、みなさん探されているんですって。
■さて、ギター修理の人は職人だと思いこんでいた私の大きな誤算。
ギターを修理をする人は、ギターの演奏者でもありまして、

「最近は、押尾コーターローとかかな」
と、ギターを手に取ると弾き始めた中村さんの腕にびっくりです。
1935年制のKalamazoo KG-21 格好いい!!
クラシック音楽に使われる、羊の腸を弦に使ったガットギター(今はナイロン弦)は200年以上前から
ポピュラー系の音楽に使う鉄弦のスチールギターは新しく、1920年ごろから・・といっても、すでに90年の歴史があります。
「ギター上達の秘訣は?」
と尋ねると、
「30年、弾かない日はないな。ごはん食べるのと一緒ですよ。練習はすればするほど結果がかえってきますからね」
その言葉聞かせたい人がいっぱいいますわと言うと
「るいままも、ギター初めてください」
おっととと。
■中村さんのギター工房には、ギターのみならずウクレレやマンドリンもあり、
これは趣味と言いながら三味線やヴァイオリンも、修理を待っています。
弦のものは何でも直してくれる頼もしさ。
■さて、本題の「うるしギター」
漆の一和堂工房さんとのコラボで作られたわけですが、このお話がきたとき、どう思いましたかと聞くと
「やってみたいと思いましたよ。ギターは、ほとんどがラッカーやウレタンという化学塗装なんで、自然素材の塗装だとどうなるか興味ありましたね」
うるしギターは「すり漆」という木目が美しくでる技法で漆がかけられており、漆は実に10層。1層塗って「室」で乾かし、また翌日と言う風に何日も何工程もかけて作られました。
漆は塗り重ねることにより、固くしっかりしてきますから、うるしギターの表面は、ほかのギターよりも固い仕上がりになっているはず。
ギターの音色は材質によって変化するとのことで、うるしギターは「思ったりより柔らかい音がでた」そうですが、
漆もギターも生き物なので、30年40年すると、また表情が変わってくるかもしれません。
一和の浅野さんが「漆のものは、仕舞い込まずによく使ってやることほうが、漆のためなんです。漆は強いですから」と言われていた言葉が、
30年ご飯を食べるように弾くという中村さんのことばと重なります。
■残念ながら、うるしギターは、まだまだ地元での認知度が低く、できたのは知ってるけど見たことがないという人が多く
せっかく作ったのだから、もっともっとお披露目したり、どういう工程でできたかをみなさんに知って欲しいと思いまして、
どうすればいいですかね?と尋ねると
「プロの人に使って演奏して欲しいですね。その演奏を聴いた人が、あんないい音がでるなら自分も欲しいなと思ってもらいたいですね」
そうそう、そういう「うるしギター」をとりまくストーリーができないと、なかなか普及していかないんですよね。
※ギター製作工程(ざっくり)
1 材料となる木材がきたら、まず枠組みをつくる。
表面=松 横と裏=ローズウッド・メイプルなど
2 前板はブックマッチという手法で作ります。板を開いて左右対称の木目の板を接ぎ合わせます。
3 ボディができたら、ネックの部分を本体に埋め込みます。
4 フレットは弦の長さできまります。
5 最後に塗装。塗装材料はラッカー・ポリウレタンなどが使われますが。
1950年~1960年当時はラッカー塗装しかなく、その当時の音色を出したいと高級ギターにはラッカー塗装が施されることが多く、
ウレタン塗装は、固くて丈夫で手間もかからないのだけど、音色がどうかというと「?」なので、量産向きの塗装。
早くまとめたいと思っていたのに、なかなか時間がなくて、今頃まとめております。
■中村さんがギター製作・リペアの世界と出会ったのは26年前。
もともと工作好きだった中村青年は、中学くらいからギターを弾くようになって、
ギターっていうのはどうなってできているんだろうと思っていました。
大学生の時、雑誌の後ろに載っていた「ギター製作学校」の記事をみて人生は変わります。

「これだ!」と、親に内緒で大学をやめて「ギター製作学校」に(笑)。
「親には不経済学部だと言われた(笑)」といいますが、今となっては、あの決断は正しかったのですと、きっぱり。
■屋島の瀬戸内ゴルフから北にはいって最初の信号のところにある、今のお店に移ったのは、1年前。


骨董好きのオーナーが、中村さんのところに古いギターを買いにきて意気投合し、こんな家があいているんやということで、
1階にギター工房と骨董。2階は、ギターが所狭しとならぶギターコーナーのあるお店「凸」ができました。

■中村さんのところには、ギター好きの人たちが集まり、その人たちが友だちを呼び、
その友だちがまた人を呼びと、口コミで知られるようになりました。
ですから、この店に変わったことも大きく宣伝していないのに、中村さんとギターを追い求めるように
人があつまり、何時間もギターを弾きながら、中村さんのかわりに店番をしてくれている人もいます。
「お店に来た人の相手しよったら、修理する時間がないからの」
自ら店番をかって出ている常連さんは、中村さん以上にお客さまの相手が上手で、ここにいると楽しいと言います。
中村さんのところには、岡山・高知からもギターを求めてやってくる人がいて、
そういう人たちはマニアなので、とにかく上には上がいるもんだと感じるそう。
いいギターを買っても、弾かずに眺めて磨いてばかりのいるひともいるけれど、やっぱりギターは弾いてこそのギター。ここでは弾き放題やからなと常連さんが言うと、中村さんが
「壊れたら直すし」と笑う。
それは、心強いですねっ!(笑)
■ギターは弾かないと解らないとはいえ、相性は持ったときにわかるそうで、
「彼氏や彼女と一緒ですよ」と中村さん。

でも、弾いているうちに気付くことがあって、なんか違うな、間違えたなと思ったら手放し、
もっと相性のいいものを探す。(それがフィットする人もいるので、そういう市場があるわけですね)
そして、一番自分にフィットしたものに出会うまで旅はつづくようです。
この辺も、なんだか男女の出会いと似てますね。
■そんなお話を聞いているところに、ロッカー風の男前のおにいさんがやってきて、
自分のアンプで音を出してみたいので、ベースを借りて帰って良いですかとのこと。
ギターと合うかどうかが一番大事で、低い音がでてくれればいいんだけどと言いながら保証金を出す彼に、
「また、奥さんに怒られるんちゃうん?」と常連さんが声をかけると、「これだけが趣味ですから」と笑い、1978年製のベースと帰っていかれました。

■最近は、40代~50代の人たちのギターブームだけど、1960年~1970年ころのギター少年が、
再びギターを手にとり演奏をはじめているってこと。
1970年のギターブームの頃は、家具屋さんから下駄屋さんまで
木を扱うところのほとんどがギターを作っていたといわれるほどで、
当時たくさん生まれたギター会社も時代とともに淘汰されました。
しかし、姿を消した中に良いギターを作っていた会社もあって、そういうギターを求めてギター探しの旅に出る人も多いそう。
中村さんのところには、70代の方が「今から、ギターをはじめる」とやってきたこともあるそうですだ。
うちにも、ギターはあるんだけど、いかんせん大きくて・・・、上手な人はギターが小さく見えるけど、いつまでたってもギターに征服された感じなんですとはなすと
「これ、ちょっと弾いてみて」と、ちょっと小振りのギターを持たせてくれました。
「すごく抱き心地がいいです(弾けないけど)」
小振りで安くて音がいいギターは、やっぱり人気で、みなさん探されているんですって。
■さて、ギター修理の人は職人だと思いこんでいた私の大きな誤算。
ギターを修理をする人は、ギターの演奏者でもありまして、

「最近は、押尾コーターローとかかな」
と、ギターを手に取ると弾き始めた中村さんの腕にびっくりです。
1935年制のKalamazoo KG-21 格好いい!!
クラシック音楽に使われる、羊の腸を弦に使ったガットギター(今はナイロン弦)は200年以上前から
ポピュラー系の音楽に使う鉄弦のスチールギターは新しく、1920年ごろから・・といっても、すでに90年の歴史があります。
「ギター上達の秘訣は?」
と尋ねると、
「30年、弾かない日はないな。ごはん食べるのと一緒ですよ。練習はすればするほど結果がかえってきますからね」
その言葉聞かせたい人がいっぱいいますわと言うと
「るいままも、ギター初めてください」
おっととと。
■中村さんのギター工房には、ギターのみならずウクレレやマンドリンもあり、
これは趣味と言いながら三味線やヴァイオリンも、修理を待っています。
弦のものは何でも直してくれる頼もしさ。
■さて、本題の「うるしギター」
漆の一和堂工房さんとのコラボで作られたわけですが、このお話がきたとき、どう思いましたかと聞くと
「やってみたいと思いましたよ。ギターは、ほとんどがラッカーやウレタンという化学塗装なんで、自然素材の塗装だとどうなるか興味ありましたね」
うるしギターは「すり漆」という木目が美しくでる技法で漆がかけられており、漆は実に10層。1層塗って「室」で乾かし、また翌日と言う風に何日も何工程もかけて作られました。
漆は塗り重ねることにより、固くしっかりしてきますから、うるしギターの表面は、ほかのギターよりも固い仕上がりになっているはず。
ギターの音色は材質によって変化するとのことで、うるしギターは「思ったりより柔らかい音がでた」そうですが、
漆もギターも生き物なので、30年40年すると、また表情が変わってくるかもしれません。
一和の浅野さんが「漆のものは、仕舞い込まずによく使ってやることほうが、漆のためなんです。漆は強いですから」と言われていた言葉が、
30年ご飯を食べるように弾くという中村さんのことばと重なります。
■残念ながら、うるしギターは、まだまだ地元での認知度が低く、できたのは知ってるけど見たことがないという人が多く
せっかく作ったのだから、もっともっとお披露目したり、どういう工程でできたかをみなさんに知って欲しいと思いまして、
どうすればいいですかね?と尋ねると
「プロの人に使って演奏して欲しいですね。その演奏を聴いた人が、あんないい音がでるなら自分も欲しいなと思ってもらいたいですね」
そうそう、そういう「うるしギター」をとりまくストーリーができないと、なかなか普及していかないんですよね。
※ギター製作工程(ざっくり)
1 材料となる木材がきたら、まず枠組みをつくる。
表面=松 横と裏=ローズウッド・メイプルなど
2 前板はブックマッチという手法で作ります。板を開いて左右対称の木目の板を接ぎ合わせます。
3 ボディができたら、ネックの部分を本体に埋め込みます。
4 フレットは弦の長さできまります。
5 最後に塗装。塗装材料はラッカー・ポリウレタンなどが使われますが。
1950年~1960年当時はラッカー塗装しかなく、その当時の音色を出したいと高級ギターにはラッカー塗装が施されることが多く、
ウレタン塗装は、固くて丈夫で手間もかからないのだけど、音色がどうかというと「?」なので、量産向きの塗装。