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2024年06月04日

シネパトスのあったあたりのこと。



【シネパトス】

何にも知らないというのは強い。

昔、銀座シネパトスに映画を観ようとひとりでいったんだが、まぁまぁヤバい場所だったんだな。



てか、あのときは変身人間シリーズ(笑)特集をやってて、私が観るようなものもかかってなくて、中には入らず帰ったんだが、




シネパトスのあった三原橋地下街あたりは、女がひとりで行ってはいかん場所であったと、今頃になって知る(笑)

https://youtu.be/GtvbMWT7PKI?si=FOReJ1Ur_CASdAqS

戦後、焦土となった東京銀座の瓦礫で、家康が江戸に張り巡らした水路が埋めたてられ、そこに所有権をもたないひとたち(バタヤ)が集まり、猥雑なまちができた。

ブランドを誇る銀座の問題点として、三原橋地下街あたりに東京は長く頭を抱えていたが、

東日本大震災のあとの東京オリンピックのとき、晴海と豊洲を整備するという名目で、地下街は埋められ整備されたとのこと。

そう言えば、三軒茶屋にあった昭和感満載の映画館は、まだあるんだろうか?と調べてみると、こちらも2013年に閉業してた。

Googlemapでみると、こちらは看板だけは残っていた。




…………

鳩居堂にいったあとシネパトスにいってるんだから、銀座のメインストリートからすぐだったんだ。

るいままとしての365日
https://ruimama.ashita-sanuki.jp/e358600.html




  
Posted by るいまま at 17:11Comments(0)■るいままの漫遊帖東京

2018年11月22日

原美術館が品川からなくなる…



Twitterをみているとショックなツイートが。

品川の原美術館が2020年に無くなってしまう。

なぜ、東京にいったら品川に泊まるかといえば、原美術館があったからなのに。

原美術館のような美術館は地方にはなかったから、若い頃から節目節目で訪れ思い出も多く、いま、このツイートを見て動揺している。

東京、それでいいのか?


■Twitter




■原美術館 公式発表

https://www.art-it.asia/partners/museum/haramuseum/195326

「原美術館」(東京都品川区)2020年12月閉館ならびに 「ハラ ミュージアム アーク」(群馬県渋川市) 館名変更のお知らせ
公益財団法人アルカンシエール美術財団は、1979年に「原美術館」を東京都品川区に、1988年に「ハラ ミュージアム アーク」を群馬県渋川市に設立し、この二つの美術館を拠点(いずれも博物館法の定めによる「登録博物館」)として、現代美術の振興と国際交流につとめてまいりました。

このたび、当財団では、来る2020年12月末をもって「原美術館」を閉館し、また2021年からは、「ハラ ミュージアム アーク」の館名を「原美術館ARC(アーク)」と改め、「原美術館ARC」を唯一無二の拠点として、引き続き活動していくことにいたしました。

原美術館の施設は、理事長・原俊夫の祖父である実業家・原邦造の邸宅として1938年に竣工したものを再生利用し、特色ある鑑賞空間として好評を博してきました。創立以来、美術館活動のために必要な改修や増築を重ねてまいりましたが、竣工から80年を経た建物は老朽化が進み、この先、美術館として一般公開するには適さない状況に至ると予想されます。また、古い建築を再利用しているがゆえに、公共性を持った施設としては、ユニバーサルデザインやバリアフリーの観点からも問題を看過できません。建替えには法規制上の制約も厳しくのしかかる状況等をふまえて検討した結果、活動拠点を「ハラ ミュージアム アーク」改め「原美術館ARC」に集約することを決定した次第です。

世界的に活躍する建築家・磯崎新氏の設計による「原美術館ARC」は、保養地として知られる伊香保温泉にも近い榛名山麓の高原に位置します。広大な敷地を有し、豊かな緑に囲まれた木造の美術館は、建築それ自体が美術作品と言えるものです。2008年には東洋古美術の「原六郎コレクション」を紹介する特別展示室「觀海庵」を増築し、今年、開館30年を迎えました。40年をかけて育んだ現代美術館のDNAを受け継ぎつつ、自然と調和し恵まれた美術鑑賞の機会を提供する「原美術館ARC」の活動に、ご期待いただければ幸いです。

さて、閉館まで残すところ約2年となった原美術館ですが、開催中の《リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」》展終了後も、《ソフィ カル―限局性激痛 原美術館コレクションより》[2019年1月5日-3月28日]、崔在銀構想による《未来の過去(仮題)》[4月13日-7月28日]、そして加藤泉の個展と当館ならではの企画が続きます。今後もご支援いただきますようお願い申し上げます。

2018年11月

公益財団法人アルカンシエール美術財団


  
Posted by るいまま at 22:26Comments(0)■るいままの漫遊帖東京

2016年01月04日

東京で唯一 苦手なもの




昨日は、新宿3丁目からメトロで銀座にむかい、渋谷にもどって井の頭線で駒場まで。

東大駒場キャンパスを散歩して、こまばアゴラで観劇。

そのあとは、歩いて歩いて、渋谷、新宿、代々木、原宿。約20000歩のみちのり。

住宅街を歩いていると次のまちが広がる東京は「アホほど歩く」私には快適な場所。移動高低も、そこそこあるしね。

しかし、渋谷駅周辺の雑踏は苦手。

何をするでもなくたむろう人たちっていうのが苦手なんだと思う。

前に進めない要塞のようになっている人の壁は、東京でただひとつのストレス。






  
Posted by るいまま at 10:28Comments(0)東京

2014年11月24日

ブラーボ! 村山岳!



音楽と言葉は、間違いなく繋がっているのだ。

村山岳は、すべての楽曲を自分の言葉で紹介し、それにこめた思いやクラシック音楽への敬意を語り、私たちを歌の世界に誘う。

その「魂がこめられた言葉」は、彼の音楽とともに村山岳の世界を作っていく。

バスバリトン歌手らしい大きな体だが、ここが誰よりも繊細で思いやりある歌い手と言われる由縁だ。

彼は、初めてクラシックコンサートに来た人も、決して音楽の迷子にはしない。



隣のおじさんに、「ブラーボ」が上手いと声をかけられコンサート後に話し込む。

数年前、東京香川県人会でのコンサートで聴いて以来、彼のファンになり、ずっと見守っているのだという。

「そのとき、村山くんの千の風になってを聴いて、鳥肌がたったよ。あんな感動ははじめてだった」

どこから来たのかと聞かれたので、先ほど村山くんがステージで話した、香川から来たるいままですというと、

多度津で川井郁子さんとやったコンサートは聴かれたかとおっしゃるので、

「もちろん! あのときより、さらに良くなりましたね!」

と言うと、正に!という笑顔が返ってきた。



村山岳のコンサートは楽しい。

会場に集まった一人一人が、彼と繋がっている。

コンサートの中で彼がいった、どんな場面でも最後は「人と人との繋がり」を、彼自身が体現している。

言葉は上滑りであってはいけない。

音楽は付け焼き刃ではいけない。

不器用だといわれても、効率が悪いと言われても貫こう! 彼に教えられることは多い。



アンコールの「マイウェイ」を聴きながら涙が溢れた。

ありがとう。

  
Posted by るいまま at 17:20Comments(0)東京村山岳

2014年11月24日

練馬光が丘の銀杏!



すごい いちょう並木。

練馬光が丘って初めて来たよ。


本日一本目は、こちらのlMAホールで村山岳リサイタル。




  
Posted by るいまま at 13:21Comments(0)東京

2014年11月24日

美しき富士山



今日は、富士山がくっきり美しい!

みんな写真撮ってる(笑)


  
Posted by るいまま at 11:06Comments(0)東京

2014年11月24日

ただいま 京都付近



朝、バタバタ準備してるところに、ばばさまが

「かんちゃん、おかあさんはどっかいくんやって。かんちゃん、ご飯もろたん?」

と言いながら部屋に入ってくる。

ご飯、差し上げました! お白湯もあげとります!

っていってんのに、ばば+かんがタッグを組んで、ああだこうだ。

そんなこんなで、出るのが3分おくれたので、栗林駅まで走る走る。

それなのに無情にも駅前で高松駅にむかう列車を見送ることに。

タクシーの運転手さんに「7:07のマリンにのらな間に合わないんです!!」とすがると、

保障はできんよと言いながら見事に信号のない道をクネクネと走ってくれて7:03駅前のミニストップ到着。

走って走って、マリンライナー滑り込み〜

早朝から何回全速力で走ったかわからん。

京都だ!弁当くう!



  
Posted by るいまま at 09:35Comments(0)東京

2013年10月25日

肉まんを食らうw


神楽坂「五十番」の肉まんを、大学生のころから使っている年期の入った蒸し器で蒸す。

いかなる大きさか見ていただくため、リンゴと記念撮影〜♪

お味は言うまでもなく美味し!




  
Posted by るいまま at 11:05Comments(0)美味いもの東京

2013年10月22日

帰宅のサイン


まちを歩いていると、いろんなことがある。

今朝、目黒川沿いを歩いているとき、rookieさんが土手の階段を上ってきた。

いや、正確にはrookieさんではなく、rookieさんに似た人。

しかし、体つきや、歩き方、洋服の組み合わせ具合まで、rookieさんのようだった。

つい、声をかけそうになったとき、彼が煙草をだして火を付けたので

「あっ、違う」と気づいた。

rookieさんは、日常的に煙草は吸わない。



そこから恵比寿にすすみ、交差点で信号待ちをしていると、

通りのむこうを、マイトさんが横切った。

ひょろっとした長身で、骨ばった肩にコートがひっかかっているような着具合が

マイトさんのようだった。

でも、マイトさんは帽子は被らない。



思えば、夕べ、五反田のホテルにかえるとき、駅前で信号待ちをしているとき、

いつも田町あたりを歩いている大柄な女性を見た。

靴のかかとを踏み、埃っぽいショートカットの髪は若いのに白髪が多く、

上っ張りのようなワンピースの背中のジッパーが閉まり切っていない。

いつも、「もうちょっと気を使えば、

そんなに不機嫌な顔ですごさなくてもよくなるのに」と思っていた。

先にそれを思い出し、五反田の彼女が田町の彼女に見えてしまった。




夕方、高田馬場でminoさんに会った。

肩にベースを担いだminoさんは、

私の知らない奥さんと3歳くらいの子どもさんと一緒に歩いていて、

とても幸せそうだった。

けれど、そのminoさんは、私が最後に会ったminoさんではなく、

大阪の実家で見せていただいた、アメリカに留学する直前のminoさん。

センターでゆるく分けた長い髪、ベルボトムのジーンズ。

尖った鼻や、子どもに優しい声をかけるしぐさは間違いなくminoさんだったが、

minoさんは、もういない。



人は、相手のすべてを見ているわけではない。

それぞれ捉え方が違い、強く感じた部分がデフォルメされる。

だから、ほかの誰かがみれば「ぜんぜん似てないよ」となるかもしれない。



私は人が好きでたまらない。でも、人と交わるのが苦手だ。

しかし、世の中は、そうもいってられない。

人と交わり繋がることで成り立っていることも多い。

大きなことが終われば、それから逃げ出すように都会に行くのは、

知らない人を見るためかもしれない。

たくさんの人をみながら、ぼんやりといろんなことを考える。

明日のことを、来月のことを、来年のことを。

そのヒントは、

地下鉄の駅につながる階段のすみで電話するひとにあり、

電車のシートに座って向かいに座った人の持っていた荷物の柄にあり、

ホテルの窓からみえる景色のなかにいる人の動きにある。



似ている人に会い始めると、それは、もう高松に帰れというサイン。

そこから何かが生まれるサイン。



てなわけで、帰宅。かん氏の歓待を受けている(笑)


















  
Posted by るいまま at 00:19Comments(0)東京

2013年10月21日

恵比須「カレーライス協会」



先ほど、五反田から渋谷まで歩いている途中にみつけた、

「カレーライス協会」

なんだ?なんだ?とfacebookにあげてると、

はすいけさんがこんなBlogを検索して知らせてくれました。

http://nomco.blog.openers.jp/2012/07/24/414/

いつもポッケにスパイスを!と、カレーなら欧風もインドもおうちカレーも楽しむお嬢さんのBlog。

好きなものの傾向が似ているので、ますます興味がわいてきましたわ。

問題は、またまた地図も見ずに歩き回った末の出会い。

ふたたび、カレーライス協会へいけるかどうかってことです。



  
Posted by るいまま at 16:37Comments(0)東京