2008年04月18日
選ばれしまち 風流れるまち(前田地区)
一昨日・・・てか、昨日 あれかこれやしているうちに、寝るのが朝の4時20分になってしまいまして、
明日・・・てか、昨日の(ややこし) 朝の9時には前田にいってないといけないのに、これは、絶対寝過ごすわ!
と、
黄門様に「8時に起こしてくだされい!」とメールして就寝。
ちょうど、クリスと同様、尿意をもよおし起きたところの黄門様にメールは届き、黄門様のモーニングコールにより、無事、前田地区のまちあるき調査開始~
***********************
小雨模様とはいえ、たぶん、「アホみたいに晴れおんな」の私が歩くときには、大雨になったことは無いので、大丈夫!(笑)

本日の調査は、前田地区の長老「森安隊長」を筆頭に、14名の大所帯でございます。森安さんは、
退職後、「ふるさとを歩く会」に参加して、
「前田は、子どものころに思っていた以上に、すごいところだ!」と再認識し、それから勉強をはじめて
平成15年、地区の子どもたちと一緒に、前田地区の歴史や名跡をまとめた「かるた」を作った、おじちゃんです。
それから、ずっと子どもたちの案内をしてきていましたが、年齢のこと、心臓のことなど、考えるところあって、今年はもう案内をやめよう!
と、思っていたところに、やってきた「まちかど漫遊帖!」 お世話になります!(笑)
■さて、最初にやってきたのは、焼膚観音。
■前田のメインストリートだった道を歩きます
■なぜ、ここに 前田甚之丞の墓が?
■高速道路(高松道)のあるあたりは、工事前の発掘調査で多くの遺跡がみつかり、前田地区には、3500年前から人が暮らしていたことがわかっています。
■「大縄」という地名がのこっておりまして
■白仏地蔵
■個人の願かけ!のために建てられた大灯籠
■灯籠を抜けたあたりに、前田城趾が見えてきます。
■このあたりは、ひょうたんづくりの名人とか、「西の谷ごぼう」というブランドごぼうとか、話題性のあるものもあります。
■茶臼山古墳を見ながら宮処八幡宮参道へ。
■宮処八幡宮は、県下でも少ない「檜皮葺」の本殿をもつ神社です。
■「風水のまち」ですと、木村さん。
■「いや、ここには自然が残っています!」と、香西さん。
■香西さんの言葉が呼び水となって、前田地区のいろいろな自然についての話がでてきました。
■2時間半たち、調査予定の時間もなくなったので、大急ぎで宮処八幡宮の境内をあるきます
■予定の正午となりましたので、ここで解散。
そんなこんなで、最後は「あずま」でおうどんを頂き終了!


明日・・・てか、昨日の(ややこし) 朝の9時には前田にいってないといけないのに、これは、絶対寝過ごすわ!
と、
黄門様に「8時に起こしてくだされい!」とメールして就寝。
ちょうど、クリスと同様、尿意をもよおし起きたところの黄門様にメールは届き、黄門様のモーニングコールにより、無事、前田地区のまちあるき調査開始~
***********************
小雨模様とはいえ、たぶん、「アホみたいに晴れおんな」の私が歩くときには、大雨になったことは無いので、大丈夫!(笑)


本日の調査は、前田地区の長老「森安隊長」を筆頭に、14名の大所帯でございます。森安さんは、
退職後、「ふるさとを歩く会」に参加して、
「前田は、子どものころに思っていた以上に、すごいところだ!」と再認識し、それから勉強をはじめて
平成15年、地区の子どもたちと一緒に、前田地区の歴史や名跡をまとめた「かるた」を作った、おじちゃんです。
それから、ずっと子どもたちの案内をしてきていましたが、年齢のこと、心臓のことなど、考えるところあって、今年はもう案内をやめよう!
と、思っていたところに、やってきた「まちかど漫遊帖!」 お世話になります!(笑)
■さて、最初にやってきたのは、焼膚観音。
応仁の乱後、戦国時代、ここに逃れてきた黒川家が一族のために建立といわれております。
それから50年、戦火によりお堂は焼かれ、ご本尊の観音様は背中に火傷を負いました。
100年後の江戸元禄、子孫にって復興され、この観音様にお参りすれば火傷がなおる、皮膚病が治るといわれるようになりました。
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観音さまの境内にある、五輪塔。かなりの古さだとのこと。
【るいままメモ】
五輪塔は、下から地輪は方、水輪は球、火輪は三角、風輪は半球、空輪は宝珠(玉葱型)とされて、ひとつの世界を表現しています。
■前田のメインストリートだった道を歩きます
現在、小学校が建つあたりから北に伸びる通りは屋島につづきます。
ここは昔、バスがとおり、自転車屋、お菓子屋、うどん屋が建ち並び、前田の中心地でした。
小学校がある場所は、藩政時代「米蔵」だった場所。前田には維新後明治5年に3つの小学校が建てられましたが、殿蔵とよばれる米蔵あとに建てられたようです。
■なぜ、ここに 前田甚之丞の墓が?
前田家は、戦国時代の武将十河一族の分家です。
【るいままメモ】十河一族といえば、さぬきの国造りをした神櫛王の子孫のようですな!。
前田甚之丞は、武装しても180センチの塀を飛び越え、弓を射てば百発百中の武将。
そのうえ、それほどの家柄であり、ちょっと行けば「前田城趾」もあるのに、なんでまた、こんなところに前田甚之丞はあるのか。
(ここは地鎮さんのあるばしょで、農村にある5つの神さまを祀った祠もあったりする横に、ちょこんと建っております。)
森安さんの話しでは、「前田甚之丞」は、相当の暴れ者で、香西氏が江戸期に書き残した書物のなかにも、そのあばれっぷりは書かれているようで、そのことが原因なのか?と思いながら、あちこち調べておりますと
【るいままメモ】そがわコミュニティってサイトに、「十河氏の家来には忍者を使う前田甚之丞という侍がいました。どんな忍者達だったのでしょうか。」ってありました。
忍者! 忍者! わくわくするような響きではないですか!
■高速道路(高松道)のあるあたりは、工事前の発掘調査で多くの遺跡がみつかり、前田地区には、3500年前から人が暮らしていたことがわかっています。
海岸線がどのあたりまで入り組んでいたのかは、また佐藤隊長にきいておきますが、縄文時代から栄えた地区であり、豊かな土地柄であったのではないかと、想像が膨らみます。
■「大縄」という地名がのこっておりまして
この地名は「しめ縄」を現し、これは、天皇の安在所であったのかもしれません。神櫛王などと、関連してくるのかもしれませんねぇ。
■白仏地蔵
高速道路を渡って、最初に訪ねる白仏地蔵。前田地区には10のお地蔵さまがあって、その全てが昔の街道沿いに建ちます。
高田の橋のところにある地蔵は「北向き地蔵」
延命、厄除け、子どもを守るなど、地蔵にはさまざまな意味があります。
この白仏地蔵さまは、城の南東の守り地蔵であったのではと言われているようです。で「城仏さん」
首から上が修復されたとき、白い石をつかって顔が白いから白仏と呼ばれているのかも。
■個人の願かけ!のために建てられた大灯籠
元治元年、このあたりに大きな地所を持っていた「木村伊輔」さんによって建てられた、ご神灯。当時は、こうした立派な灯籠に「願」をかけ建てた人が多いようで、「八幡さま」「白鳥さま」「金比羅さま」と書いてあったりするようです。
■灯籠を抜けたあたりに、前田城趾が見えてきます。
自然の地形を使って造られた中世の城は、から堀にかこまれていたようです。
調査に同行された木村さんが、「ぼくが子どもの頃は、この辺は、まだ丈のある草が生えていて、そのなかでチャンバラやったりしていた。こんなに綺麗になってなかったよ」と教えてくれました。
江戸の末期、2代にわたって大庄屋となった「前田家」も、今は、もう当主がおらず、詳しいことがわからないとのこと。
【るいままメモ】
・これだけのお墓が並んでいるのに、なぜ ここに前田甚之丞の墓が移されないのか?
・「佐藤隊長にきくこと」お墓の名前に「君」がついているものがたくさんあるが、その意味は?
■このあたりは、ひょうたんづくりの名人とか、「西の谷ごぼう」というブランドごぼうとか、話題性のあるものもあります。
■茶臼山古墳を見ながら宮処八幡宮参道へ。
茶臼山古墳は、太陽の道に造られているとか。古墳の造られた時代、「太陽」は絶対神であったこと、天照は特別な人の神であったことの意味でしょうかねぇ?
宮処八幡宮の参道は、広く、まっすぐに続きます。
昭和の初めまでは、ここで競馬も行われていたとか。そのころは、参道の両脇には「松」が植わっていたのですが、昭和50年代枯れてしまったようです。
■宮処八幡宮は、県下でも少ない「檜皮葺」の本殿をもつ神社です。
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宮処八幡宮にいくと、八幡宮の裏の自然溢れる場所でくらす「香西さん」と、神社の総総代「穴吹さん」が待っていてくれました。穴吹さんは建築家で、檜皮葺本殿の説明をしてくださる予定。
いまから1050年ほど前に建てられたといわれる宮処八幡宮ですが、当時のことは詳しくはわかっていません。
昭和8年、近在にはないような本殿を造ろうと、地域の人たちの力によって「檜皮葺神殿」がたてられました。
「檜皮」というのは、70年以上の檜からしかとれず、「檜皮葺」を継承していくのは容易なことではなく、「銅板葺」に変えていくところが多く、市内でも「檜皮葺」は、田村神社とここくらいしかのこっていないとのこと。
昭和6年の建物が文化財指定になってきているので、ここもいつかは・・・と。
宮司の「一村家」は明治期から、ここの社教となり、江戸期は別の方が守っていました。
「だから、新参ものですので、みなさんにいろいろ教えて頂いております」と、一村さんはおっしゃいますが、明治からでも相当な時間が・・・
檜皮葺は40年に一度の大修繕をおこなっておりますが、昭和48年の大修繕から30年たったとき(5年前)、屋根の角が一部こわれており30年目の修繕となりました。
このときは、金比羅宮の修繕を請け負う、兵庫の檜皮鍛冶にたのんだので、今度は長く持ちそうですと一村さん。
本殿は石垣の石組みもりっぱで、こうした檜皮の建物もほかにはないもので、また、お祭りのときは馬にのって本殿の周りを駆けたという風習があるため、建物の造りも特殊(背が高い)でもあり、
「近在にはない、誇れる建物であることを伝え、このまちの人にも知ってもらい、みんなで残していく、継いでいくようにしたい」
と、調査に参加したみなさんが話されると、崎さんが
「漫遊帖は、まず地元の人たちが、そのまちを知り、そしてその人たちが次に伝えるということができるんですよ」と、説明。
■「風水のまち」ですと、木村さん。
写真を使って前田地区の地図をつくってくださった、木村さんは、ここは「風水に守られているまちなんです」と力説。
・山と山の間をすりぬける風が、まさに「龍」であり。
・雲海から突き出る山々の神秘は美しく、自然豊か。
「前田山にテレビ塔があるでしょ。あそこからは神戸も一望できます。あのアンテナから送られる電波が、さぬきの情報網をにぎっています。
昔は、龍がかけぬけ、今は電波がとぶまちなんです」
その風水に守られたまちも、このところの自然破壊で自然がすくなってきていると、木村さんがはなすと
■「いや、ここには自然が残っています!」と、香西さん。
香西さんは「香川のみどりを育む会」や「香川県 緑サポーター会」で活躍する方。宮処八幡宮の、まだもっと奥にお住いです。
「ここには、大きなヒキガエルがいたり、メジロがむれを成して飛んでいたりします。雉や狸もでてくるし、自然豊かなまちです」
と、香西さん。
「こっちが、にぎやかにバーベキューをしていても、危害をあたえないとわかれば動物はでてくるんです。
ウグイスもでてきて歌う。
でも、双眼鏡は、鳥にとって鉄砲と同じなんです」
自然とは遠いところで暮らしていて、頭のなかだけの自然保護しかなかった私には新たな認識です。
【るいままメモ】
自然保護って、神経質になって守るのではなく、お互いを尊敬して、ともに暮らすことこそが自然を守る基本なんじゃないか!?
てか、それって、「ひと生きる」が「ひとが暮らす」の基本やん。
■香西さんの言葉が呼び水となって、前田地区のいろいろな自然についての話がでてきました。
・今は、竹が群生し道がなくなっていけなくなってしまっているけれど、15mもある「水落の滝」がある。これは、水の豊かな前田地区の象徴かも
・宮処八幡宮にはいってすぐ右にある「市の銘木指定」されている「山桃」。
決して大きくはないけれど、樹木は、土地や日照など自然の条件によって育つスピードがちがい、その土地にあった成長を遂げる。
森安さんが子どものころの50年前から、少しも変化していない、この山桃は、実はものすごく古い時期から、この神社を見守っていた。
■2時間半たち、調査予定の時間もなくなったので、大急ぎで宮処八幡宮の境内をあるきます
![]()
芸能・芸術の神さま「三柱鳥居」=三方向から参拝できる鳥居。全国にも5カ所ほどしかなく、ここの鳥居は太秦からきました。
小子部宿神命(ちいさこべすくねのかみのみこと)神社=ちっちゃい、可愛い鳥居がございます。
■予定の正午となりましたので、ここで解散。
今回で、1コースの半分程度。次回は、後半を歩きます。
前田地区は、最も岩盤の強いまち、南海地震がきても大丈夫だってはなしになって、「夕べ揺れたのご存じですか?」ときいたら、ほんとに誰もしらなくて・・・
うちの事務所は、むっちゃ揺れましたです(泣)
邪馬台国「さぬき説」もでました。九州説・近畿説とともに、さぬき説があることは私もきいております。その中心が、三木町から前田地区にかけてだった模様。
前田地区の、当日のガイドは、若いお嬢さんになるかもしれません。
母上が、まちあるきをやってみようかなと話すと、私も手伝いたいと20代のお嬢さんが手をあげてくれたとか。
母子チームは、今までの漫遊帖のチームにはな構成です。
是非とも実現してほしです!
いやぁ~
ここの調査は楽しいなぁ!!
そんなこんなで、最後は「あずま」でおうどんを頂き終了!


Posted by るいまま at 15:28│Comments(11)
│■まち
この記事へのコメント
え~っ、また「あづま」で おうどん食べたんですか↑
うらやましい・・・
って、最後まで読んで 書き込みが “うどん”とは・・・すいません
うらやましい・・・
って、最後まで読んで 書き込みが “うどん”とは・・・すいません
Posted by Linda
at 2008年04月18日 15:42

Linda
食べた 食べた~(笑)
11:30開店で 1:00過ぎには閉まっているっていってたので 大急ぎでいってくださいまし~
キャサリンちの ほんまに近所やんね~
食べた 食べた~(笑)
11:30開店で 1:00過ぎには閉まっているっていってたので 大急ぎでいってくださいまし~
キャサリンちの ほんまに近所やんね~
Posted by るいまま at 2008年04月18日 16:15
まあ、よくメモられました。流石、総合プロデューサー、恐れ入りました。
話題満載前田地区。研修会参加の取りまとめお願いしました。
るいまま・・・今日、十川地区の市民ツアープロデューサー候補おった。
前田地区のまとまり雰囲気ある。ベースの地図作り考えてる様 研修会にお誘いしました。
話題満載前田地区。研修会参加の取りまとめお願いしました。
るいまま・・・今日、十川地区の市民ツアープロデューサー候補おった。
前田地区のまとまり雰囲気ある。ベースの地図作り考えてる様 研修会にお誘いしました。
Posted by 黄門様 at 2008年04月18日 16:18
古墳は小学校の遠足で行ったあるよ〜
Posted by ぴよ at 2008年04月18日 16:29
おもろそうじゃん前田。
何か秋は楽しみなコースが一杯やのお。
何か秋は楽しみなコースが一杯やのお。
Posted by マイト at 2008年04月18日 17:06
黄門さま
十川ですか!
前田地区をまとめるにあたって、調べておるときに「十川」がでてきまして、むちゃ おもろいやん!って、思ったところでございます。
十川ですか!
前田地区をまとめるにあたって、調べておるときに「十川」がでてきまして、むちゃ おもろいやん!って、思ったところでございます。
Posted by るいまま
at 2008年04月18日 18:11

ぴよ
そか、では るいまま組の 前田地区担当をさせてあげよう!(w
てかな、あのあたりは、特別なところに違いない。体に感じる風でわかる。(ナニサマの発言w)
そか、では るいまま組の 前田地区担当をさせてあげよう!(w
てかな、あのあたりは、特別なところに違いない。体に感じる風でわかる。(ナニサマの発言w)
Posted by るいまま
at 2008年04月18日 18:13

マイト
前田地区の調査 一緒にいきますか?
森安さんのお話は、相当 おもろいですよ~ てか、私は香西さんに萌えでおりますが~
前田地区の調査 一緒にいきますか?
森安さんのお話は、相当 おもろいですよ~ てか、私は香西さんに萌えでおりますが~
Posted by るいまま
at 2008年04月18日 18:14

すごい・・・◎ブログとは思えないほどのレポ↑
もう前田を歩き回ったような錯覚さえ・・・
あらためて尊敬(о^ ^о:)
もう前田を歩き回ったような錯覚さえ・・・
あらためて尊敬(о^ ^о:)
Posted by 尿意でおなじみ★クリスティーヌ♪ at 2008年04月18日 23:18
クリス
仕事やけん(笑)
仕事やけん(笑)
Posted by るいまま at 2008年04月19日 16:10
いや、その仕事に尊敬なん◎
クリスもちゃんとせんと・・・って思っただに☆
クリスもちゃんとせんと・・・って思っただに☆
Posted by いつものクリス・・・♪ at 2008年04月19日 18:17
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