2024年10月05日
「聞いてよ」「聞くよ」
【友だち】
1秒たりとも気の抜けないハードな音楽と言葉「#建礼門院徳子2024」の、3時間におよぶ、音楽班とるいままの稽古終了。
昨日、園代さんと、芸術は譜面通りだけじゃない。器楽であっても、曲を理解し歌うように演奏する情緒がなければいかんのではないかと熱く話をしたんだが、
今日のくりすと陽子ちゃんは、まさに一緒に台詞を語るような演奏。
何年も何年も何回も何回も稽古し、一緒に作品を作ってきた時間は無駄じゃない。
今日もやりきり、音楽室から場所を変え、先日かった膳を試し使いしながらお茶の時間。

この高さだから寛ぎ話が弾むのか、たった2週間なのに「聞いてよ」「聞くよ」がいっぱいあって話す話す。
で、私は、最近反省したことをふたりに言う。
私は、いつもひとりで動いてるし、悩みや愚痴があっても、たいてい書くことで自己解決してしまうので、「聞くよ」はあっても、「聞いてよ」と相談することのない、愛想のない孤独な人間。コミ障で友だちも少ないと自分のことを思っていたが、
ここ一週間、「変だよな、言いがかりだよな」と解決できないことが渦巻き、毎日毎日、いろんなひとに話を聞いてもらっているうちに、
あぁ、私って、実は、友だちに恵まれてたんだと、気づいたと話すと、
「そうよ。るいままが友だちがいないって言うたびに、奈美ちゃんと、私たちは?って言ってたんだよ(笑)」と、くりす。
よくよく考えれば、みんな、ひとりで動いている自立したひとばかり。
忙しすぎて群れる間はないけど、ここぞと言うときは集結して、本音をぶつけあう。いちいち言葉尻をつまんで、傷ついたのなんのということもなく集中できる仲間ってのは、何よりありがたい。
友だちの形っていうのは様々だし、たくさんいれば良いってもんじゃないけど、自分にとって「あなたは大事なひとなの」っていうのは、ちゃんと伝えたい。そんなひとと創作したい。
だって、若者のように溢れるほど時間があるわけではなく、1日1秒が大事なお年頃だもの。


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