2021年02月10日
気の持ちようは精神論じゃないな
2/10 goodmorning 【脳と気の持ちよう】
なんだか、よく眠れなかったのでだらだらとyoutubeの脳科学チャンネルを聴き続けたんだが、
昔のひとがよくいう「気の持ちよう」は、精神論って言うより、いかに脳をみかたにつけるかってことかもな。
よほど「強靭な精神」、いや「かなりの鈍さ」がなければ誰だって落ち込むことも、傷つくこともあり、それで諦めることもは多い。
でも、「…で、なくてはならない」を決めているのは、社会ではなく自分自身だ。そこに長く漂っていると脳はそれを棲家とする。
やたら前向き、やたら陽気の騒がしいひとは大の苦手なんたが、
その人たちは、私がなにかと書き散らかすのと同じで、ああやって口に出して自分を励ましているのかもしれない。
高校生向けの番組で、
経験とともに発達する前頭葉により喜怒哀楽をコントロールでき、自分の欠点も活かし方もわかるようになる。それが自分と出会うと言うことだ。
自分に出会うためには、たくさんの他人と出会い経験をつむこと。
できるできないの前に自分に仮説をたて経験してみよ。
と言っていた。
おとなの時間がだいぶ長くなっても、それは同じだろうが、
なかなか出会いも難しいいまは、脳の力を利用し自分で魔法をかけながらシャンとしないとね。
さて、珈琲飲むか。

■追記
なんだか、コントロールできないひとが増えてるような気がするのは、ひとに会わないからか?
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