2011年11月10日
決して枯れ果てぬ思い出はある!
【今日の一枚】

「和ごころ夢中きもの熱」のもとともなった、作家・夕子さんの「旅路」。
この小説は、夕子さんと私で書いたもので、まとめきれないほどの話をたくさん伺った。
そのとき、冗談のように
「私が死んだら、今、話したこと全部かいてよ」と、笑いながら言われ、
「絶対、夕子さんの方が長生きするわ」と言ったのも、今は昔。
90歳まで緑に囲まれた家に一人でくらし、大きな号の絵を描き、文章を書き
りんとして、ほんとに心の柔軟なかっこええおばあちゃんだった。
私は仕事帰り、しょっちゅう、自分のおばあちゃんと同い年の夕子さんちに
ごはんを食べさせてもらいにいき、
書くことに落ち込んでは、この家で何時間も夕子さんと過ごした。
一人での生活に、なにも問題はなかったのだけれど、
離れてくらす息子さんたちもお年をとられ、
夕子さんは新築の施設に住まいを移すことになって
「はじめてのマンションくらし。楽しみ」
といつもどおり前向きに笑っていたけど
長くいつくしんだ、庭や家を離れることの寂寥感は痛いほど伝わってきた。
当時の文学仲間は施設に移った彼女のところにも行っていたが
私は、「るいままには、ここ(家)での私を覚えておいて欲しい」
と言う夕子さんとの約束を最後まで守り、お葬式にも、あえていかなかった。
この家を去る直前。私たちは、ここで食事をし、真っ暗になるまで話をした。
夕子さんは、いつもどおり、老人ともおもえぬ突っ込みとユーモアで
おなかが痛くなるほど私を笑わせ、人生の話、恋の話、文学の話をしつづけ
私たちの最後の日は終わった。
あれが夕子さんなのだ。
だれの世話にもならず、最後まで自分の足で立っていた、女流作家の姿なのだ。
あれから何年になるだろう。
今日、ほんとに、たまたま迷い込むように、この前を通った。
家は無くなっているだろうと思っていたし、木はほとんど人様にあげたと
最後は庭もさっぱりしていたのに
彼女が育てた草花は、しっかりと根をはり、今も花を咲かせていた。

あの引き戸をあけると、キャンバスに向かう夕子さんの背中があって
振り向きざまに、「るいまま、おなかすいてないん?」
という声が聞こえてきそうだった・・・・
Posted by るいまま at 14:56│Comments(0)
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