2011年10月11日
並木ハウス〜鬼子母神〜上川口屋
雑司が谷から
手塚治虫が暮らした並木ハウスへ。


今もきれいに暮らしてらっしゃいますので入り口だけ。
■並木ハウスについては、「手塚治虫の東京を歩く」に詳しくあります。
<並木ハウス>
トキワ荘に移って便利になったはずなのですが、どういう訳かすぐに雑司ヶ谷鬼子母神近くの並木ハウスに転居します。「トキワ荘実録」によると、「そのころ、関西の納税長者番付の画家の部で、聞いたことのない手塚治虫という名が上位にあるのを見て驚いた週刊誌の記者が、トキワ荘の部屋へ取材に来ましたが、たったの四畳半で、机とふとんの他はほとんど何もない、カーテンさえもない部屋を見まわして目を疑いました。そのありさまが、一九五四(昭和二九)年四月に出た「週刊朝日」に 『知られざる二百万円長者、児童漫画家手塚治虫という男』というタイトルで記事になっています。」、で、トキワ荘の四畳半の状況をみて、少しでもアパートの環境の良い並木ハウスに移ったのだとおもいます(並木ハウスは古くなりましたが今でも洒落たアパートに見えますので当時としてはかなり素敵な下宿だったのだとおもいます)。年収二百万円で家賃3千円/月のアパートに住んでいたのですから!、その上ほとんどトキワ荘にはいなかったようです。「手塚先生がここに住んでいたのは数えるくらいの日数です。というのは、もう次の年の初めには鬼子母神の並木ハウスに移っているからです。そればかりか、その間も大半は宝塚の実家に帰っていたり、どこかにカンヅメになっていたりで、あまりトキワ荘に落ちついていることはなかったんですね。だから本格的なねぐらというところまではいきませんでした。」、と書いています。
鬼子母神は10月16日から18日まで万灯練供養。18日が一番賑やかだよと近所のおじさん。


鬼子母神境内にある上川口屋さんは1781年創業
猫の店番さんがいます

鬼子母神 上川口屋さんについては、Enjoy TOKYO「きんたろう日和」さんから
境内にとあるお店があります。お店の名前は『上川口屋』。創業はなんと1781年、およそ230年前にできたお店です。このお店では、昔懐かしい駄菓子を買うことができます。元々は大名家にも顔が利く程の飴屋さんだったそうなんです。中でも柚子飴が有名と聞きます。お店の歴史の深さにも驚かされますが、更に驚かされる話を上川口屋の女将さんから聞きました。
『過去の震災や東京大空襲などの災いから奇跡的に無傷で残ってきたんです。特に東京大空襲の時はここから1キロ以上離れていた池袋駅がはっきり見えたくらい焼け野原だったんです。それでもここは無事だったんですよ。』更に女将さんは言います。『これは奇跡じゃなくて鬼子母神様のお陰なんです。』
Posted by るいまま at 14:25│Comments(0)
│東京
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