2024年04月18日
希望の工藝
【白磁する】
#黒田泰蔵の円筒 を集めた特別展が大阪 #東洋陶磁美術館 で開催されたのは2020年秋から翌年にかけてだ。
https://www.moco.or.jp/exhibition/past/?e=565
ちょうどコロナが広がり、だれもが見えない恐怖の中にいた頃だ。黒田泰蔵は、この特別展の途中2021年4月に亡くなる
#工藝とは何か。も、いよいよ 六章 #工藝の原點 まできた。
この章は、黒田泰蔵の「円筒」から始まる。
赤木さんも、堀畑さんも、工藝の原点はなんだと観念的に哲学的に、原田老師の言葉や黒田泰蔵の言葉を何度も反芻咀嚼しながら考えていく。
黒田泰蔵展をみた陶芸家の #高木逸夫 さんが、「観ているうちに吐きそうになった」といった話が引用されている。
気分が悪いという意味ではなく、
「(あれを轆轤で挽くために)、とてつもないエネルギーが必要。低速、高トルクで、あれひとつつくるためにいったい何キロを、指と指の間で回転させていなければならないのかを想像したとき、吐き気がしてきた」
その凄まじい労力の果にも完璧はない。
そして303頁、ふたりと関口真紀子さんは、主のいなくなった黒田泰蔵のアトリエに向かう。
黒田さんがいなくなり寂しい場所になってはいないかと杞憂していたが、そこは「空間がいきいきして、黒田さんがいつあらわれてもいいような感じ」
黒田さんは自身が作った小さな白磁のなかに、黒田さんは入っていた。
「だんだん肉体が亡んでいく過程で、縮んで小さくなっていく姿がそこにあって、最期「すっ」とそのなかに入っていかれた感じで」と赤木さん。
関口さんは、
「なんか美しい形なんだけど、緊張感でこちらも緊張するような形ではなく、どこか穏やかさ、柔らかさというようなものを、閑さと。形はシャープなのに、緊張させられない」
「黒田さんのひとそのものが滲み出ているような。「円筒」という形は、観念的で抽象的なものだと思うんですが、最期の円筒は愛らしい感じがしました。慈愛に満ちている感じ」それが親しみに繋がっていると、堀畑さん。
黒田泰蔵の使っていた「#白磁する」という言葉は、絶対無であり空であり、有も無も包み込むよなゼロ。
黒田さんは、自分が最も白磁していたのは皿洗いをしていたときで、皿洗いという同じ動作をやり続けているとき「#自分が消えていく感じが気持ちいい」と言った。
黒田にとっては、指と指の間で果てない距離を回転させていくのは、人生の問題を解決するためのひとつの方法だった。
何事も小賢しく考えるよりも、赤木さんの言っていた「感謝と祈り」に工藝の本質があるんじゃないかと堀畑さんが言うと、
赤木「僕も口で言うほどにはわかっていない。小賢しい近代的自我を持ってしまって」
堀畑「しかも、哲学的に考えてしまうという、一種の病がある」
というやりとりには、吹き出してしまった(笑)
たくさんの人と悦びを分かち合うというのは、言葉にすれば難しいが、何も特別なことではなく、今までの歴史のなかで誰もがそうやって人の輪をつくり、生きてきたと堀畑さんが言い、
赤木さんの「希望の工藝ですね」
とこの章は終わる。
黒田泰蔵が残した、無駄のすべてを削ぎ落としたようは円筒は、ひとを寄せ付けない鋭さの向こう側に、苦しい時間を乗り越え、自我をすてたからこそ見えた希望の光がある。
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